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【稗史(はいし)倭人伝】

稗史とは通俗的かつ非正統的な歴史書等をいいます。 現在進行形の歴史を低い視点から見つめます。

たった一人の異常者の妄想が作り出した日韓の深刻な危機

2019年6月28日(金)、29日(土) G20大坂サミット
6月30日 トランプは、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と握手した後、、北朝鮮側に入った。
7月1日、:経産省が半導体製造などに使われる化学製品3品目の韓国向け輸出手続きを厳格化すると発表した。
7月4日 参院選公示日

参院選の公示日を間近に控えて張り切ってG20大坂サミットに臨んだ安倍晋三だったが……。
何の成果も上げられず、最後に放った下手な冗談で世界のリーダーから顰蹙を買って意気消沈。
(大坂城にエレベーターを付けたことを失敗と言って、バリアフリーの流れに無智であることを披露)
翌30日はトランプとキムジョンウンとの会談で持ちきり。
間に入ったのは韓国大統領文在寅。
面白くないのは安倍晋三である。
徹底的に文在寅を冷遇無視したのに、翌日にはトランプ・金正恩の間に挟まって写真に収まっているではないか。
その翌日、7月1日、経済産業省は、半導体材料3品目を個別輸出許可へ切り替えると発表。

正に電光石火、不意打ち、奇襲、だまし討ち。
それからは国を挙げての猛烈な韓国叩きが続いている。
というより、益々過激になっている。

徴用工問題での韓国最高法院の判断が気に入らないからといって、司法も行政も関係なしとばかりの悪口雑言は異常である。
日本の三権分立が崩れているからといって、韓国もそうだとは限らない。
大統領に司法判断を覆す権力がなければどうしようもないだろうに。

どうやら、1965年に締結された日韓基本条約に関する解釈の差にも原因があるようだ。
全て解決済みとする安倍晋三に対して、個人の請求権までは消滅していないと考える日韓の専門家も多数存在する。

それにしても、7月1日の輸出規制の発表は余りにも唐突であった。
ピンポイントで韓国の急所を突いている。
急に思いついたことではあるまい。
前から研究し、タイミングを計っていたのだろう。
7月1日がその狙い通りだったのか、時期を繰り上げたのかは分からない。
いずれにせよ、そんな腹黒い陰謀を秘めながら、G20の場で話し合いも交渉もしなかったというのは、誠意ある外交姿勢とは到底言えないだろう。

文大統領「一度の合意で過去終わらせられず」 日本を強く批判
文大統領は、29日に行われた閣議の冒頭で、「一度反省を言ったので反省は終わったとか、一度合意したからといって過去の問題が、すべて過ぎ去ったのだと終わらせることはできない」と述べ、一度の合意で歴史問題は解決しないとの考えを示した。

この大統領の発言に対する日本の反発も醜いものだ。
一度合意したとは言うものの、後でそれを引っくり返すような発言が日本から相次いでいる。
慰安婦はなかった。
徴用工はなかった。
これでは文大統領のこの発言も無理なかろう。

日本は何時からこれほど朝鮮を蔑視するようになったのだろう。
これまで朝鮮が日本に対して災いをもたらしたことがあっただろうか。
せいぜい、鎌倉時代、元に従って日本に攻めてきたことぐらいだろう。
一方日本からは、三韓征伐、白村江から秀吉の壬辰倭乱に至るまで一方的な侵略戦争を仕掛けている。
しかし、それでも朝鮮人に対する蔑視、差別などはなかったように思われる。
徳川家康は秀吉の侵略戦争の後始末に力を注いでいる。
当時、大名達が連れ帰った朝鮮人捕虜の返還に最も熱心だったのは家康である。
交渉には対馬の宗氏が当たったが、宗氏の力だけではどうにもならなかった。
百人程度の捕虜刷還が何度か続いていたが、家康が乗り出してようやく千人単位の刷還が何度か実現した。
慶長14年(1609)、癸酉約条(きゆうやくじょう)の締結でようやく日朝講和が完成した。
但しこれは家康と朝鮮王朝との国家間の条約ではなかった。
朝鮮王朝と対馬宗氏との間に結ばれた約条だった。
それは条約の正式な相手として「日本国王」を要求する朝鮮側に対して、「日本国源家康」の署名しか受け入れないとする家康の姿勢が原因であった。
理由は「日本国王」という称号は、中国の册封体制に入ることを意味したからである。
家康はそれを拒否していた。
結局、朝鮮王朝対宗氏という変則的な条約が結ばれることになったが、それで一応は東アジアに平和が回復された。
家康が貿易の利益を重視したからなどという説もあるが、朝鮮との貿易は宗氏が独占しており、徳川幕府には何の直接的な利益はなかった。
朝鮮も家康も実質的な国交回復・平和回復のために交渉を重ね、名目よりも実を取ったと言えよう。
大名達が密かに残した朝鮮人陶工達の待遇にはピンからキリがあったようだが、全国的な差別は生じなかった。
空気がガラッと変わったのは明治に入ってからだろう。
征韓論そして日朝修好条規の締結から始まる動きは正義の名からはおよそかけ離れたものだった。
日本は欧米と結んだ不平等条約に苦しみ、その改正に四苦八苦していた。
それなのに朝鮮に対しては、その不平等を押しつけた。
福沢諭吉の「脱亜入欧」というキャッチフレーズも後押しした。
やがて韓国併合。
完全な植民地化である。
その間に朝鮮人蔑視の雰囲気が出来上がっていったのだろう。
それが終戦まで続いた。

それが今、戦後70年を経て復活したかのようだ。
復活させたのは、明治維新をこよなく信奉する安倍晋三である。
「明治維新」の復活だからといって、安倍晋三を賞賛しているのではない。
が、本人は賞賛と受け取るかもしれない。

役人がいくら交渉を重ねても全て安倍の代弁者である。
安倍の命令・指示・忖度・鼻息伺いだけで生きている連中である。
問題は決して解決しない。

この問題を解決できるのは安倍晋三ただ一人である。
安倍が心を入れ替えるだけでいい。



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